2019年06月04日

不良品、語る

ダウンタウンの松本人志がワイドナショーで「不良品」発言をして物議を醸している。どのようなニュアンスで語ったかはオンエアを見てないので何とも言えないが、公共の電波に乗せてこのような発言をした以上、賛否…というか批判の意見があっても仕方がないと思う。

刃物を持って暴れて年端の行かぬ幼児を犠牲にしたり、また、元事務次官が息子(私と同じ歳のニート)を刺し殺したり、と、最近は物騒なニュースが多いが、私が思うに、余程のことがない限り、人間はどこか機能として完全でない部分を持っているものだと思うのである。

それが身体の機能なのか、頭の回転とか心に出るか、それこそ人それぞれだろうが、まあ、欠陥のない人間などいないはずで、本人や周りがこの欠陥とどのように付き合っていくか、というのが大事なんだと思う。



画像




私の話で言うと、自分でもわかるがスロのヒキは間違えなく欠陥があり、世の中がパチスロだけの世の中なら間違えなく私は不良品である。私が人並みの幸せを感じていたのは黄色の丸の部分だけ。人並みに小役が落ち、

(ああ、このペースなら戦えるな)と思った短い間だけ。その他はボーナスどころかメイン小役であるベルもまともに引けず、千円追加のブッシュ、ブッシュで猛スピードで万券が消えていった。今日の負けは33,000円。

普通の人ならビッグを1,000回転引けないなんて珍しいだろうし、私のパチスロの師匠なら200ゲームもハマればプリプリしながら台移動を敢行するだろう。こと、この分野で言えば私は間違えなく欠陥品であり、不良品である。

しかし私は知っている。この世界だけが全てでないことを。この店で今日はスタイルのいい店員の女の子がウロウロしている。そこに常連と思しきウエーイ系の男子が親しげに話をしていた。もし私のこの33,000円がウエーイ系の男子の勝ち分になり、または女の子の給料となり、彼らが猛ファ〇クを繰り広げるとして、

その世界だけが私の世界の全てなら、私も刃物を持って暴れていいところかもしれない。が、幸いなことに私の世界はここだけではない。仕事で謝り倒す毎日でも、オイシイところを他人に持ってかれるだけの人生でも、

別の世界では私は期待されてるかもしれないし、誰かの役に立つかもしれない。もしかしたら明日から、パチスロという世界でも人並み以上にヒキを見せるようになるかもしれない。ベルすら引けない世界だけが、私の世界の全てではないのである。

刃物を振り回して自殺した男には、生活の面倒を見てくれた人たちがいて、オヤジに刺されて殺された44歳は父が事務次官という頼り甲斐のある家族がいた。(なのになぜ)と捉えるか、それをプラスに捉えるか。受け取り方の問題とか、まあ心が健康な人は色々というだろうが、

結構、スロで負ける私は正直思うことがある。人間は、幸せとか満足感のストックが切れると心が荒む。栄養とかおカネとか、運とかツキとか愛情とか、褒められたり、求められたり、そういう補給がないと人間は心の健康を維持するストックが切れて、荒むのである。

今、私の心は乾いており、もし、奥さんがいればイヤミを言って泣かしてるところかもしれないが、まあ、その奥さんとやらもいるわけではなく、心がカサカサに乾く一方なのだが、まあ、安心して欲しいのは私のスロのヒキ弱は今に始まったわけではなく、私はこの欠陥との付き合い方を知っている。

満たされない理由は「こんなはずじゃなかった」という自己とのギャップである。もともとこんなものだと思えば、幸せや満足感のストックを消費することはない。今日はビッグを引けない日だったと思い込んで寝ることにします。


=====================
☆更新情報
 2018年10月の日記を全て更新しました

(追加更新分)
・20181025
=====================
ラベル:日記 パチスロ
posted by 松田 凡作 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック